先日、ある組織の命運を議論するような重要な会議に出席していて「組織の力学」のことを考えていた。恐らくこの組織が、致命的な過ちを犯そうとしているその瞬間に立ち会ったのだと思う。このパターンは過去に私が何度も目にしてきた、組織衰退のあるいは破綻の典型的な様相のように感じられたからだ。そして、それはなぜ、世の中のあらゆる組織で、くり返し生じているのかを、ずっと考えていた。

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一般論だが、経営者が組織全体の最善を最優先しているケースはそれほど多くない。これは、経営者が不誠実、あるいは善意であっても無知だから、あるいは怖れに負けて保守的になりすぎている、ということもあるのだが、それ以上に、これを妨げる原理が人間関係と組織内に(初期設定として)存在するからだと思う。

バークシャー・ハサウェイ社のウォーレン・バフェットはこの原理をThe Institutional Imperative(組織の力学:1989 Chairman’s Letter - 以下参照)と説明している。「組織の力学」は初期設定で存在する原理であるから、このメカニズムが起動しないように注意深く組織設計を行うことが、ガバナンス(企業統治)の本質であるという考え方だ。

「組織の力学」  (日本語は私の超訳)

①組織はいかなる変化にも抵抗する。
②時間がある限り業務は増えていく。同様に、資金がある限り新規プロジェクトや買収も増え続ける。
③経営者の望みは、それがどれほど愚かなものであれ、部下が迅速に用意・分析した「収益率」や「戦略性」によって正当化される。
④業界他社の行動は、拡大、買収、幹部の報酬など、どのようなものであれ、自動的にコピーされる。

知的で有能で経験ある経営者が合理的な判断をするとはまったく限らないのだが、原因はこの「組織の力学」によるものであり、「組織の力学」が現れると、組織から合理性は消失する。

バフェットは世界でもっとも成功した「投資家」として知られているが、私は彼の成功の本質は、組織と人間とリーダーシップに対する深い洞察に基づいた「経営者」としての力量にあると思っている。彼は「何がうまくいくか」ではなく、「何がうまくいかなくなるか」を考え、間違いを起こしそうな要素を特定し、排除するアプローチをとった。経営者を「正しく導こう」とすると、運用ルールが複雑になりすぎるし、コントロールが利かずに機能しない。このため、「組織の力学」を生み出す要素をあらかじめ排除することで、「組織の力学」が生まれにくい経営環境を提供する、という発想に至ったのだと思う。

一見、バフェットは子会社の経営には殆ど干渉していないようだが、実際には空気のように関わっている。細部を支配するのではなく、「個体間の相互作用」のバランスを設計するのが彼の仕事だ。

長年にわたって、実に様々な企業を買って経営してきましたが、チャーリーも私も、企業の難問を解決する方法はいまだによくわかりません。ただ、そう言う問題を避ける方法は学びました。   (ウォーレン・バフェット)

賢く制御できている状態は、まるで制御していないように見える。だからこそ、賢い制御なのである。  (老子)

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私はこのような非コントロール型の経営概念を「経営バランス」と呼んでる。「ボイド」は「経営バランス」をうまく表現できる事例だ。ボイドは1987年にアメリカのアニメーション・プログラマー、クレイグ・レイノルズが考案・作製した人工生命シミュレーションプログラムである。名称は「鳥もどき(bird-oid)」に由来する。

鳥の群の複雑な行動パターンは、それぞれの鳥の相互作用によるもので、群れ全体の動きを集中的に管理するリーダーは存在しない。レイノルズは、鳥の群れの行動は一見複雑に見えるが、実はそれぞれの鳥は、いくつかの簡単なルールにしたがって行動しているだけだと見抜いて、複雑な行動パターンの背後にあるシンプルな原則を特定した。

それぞれの個体は、物理の基本法則に加えて次の3つの簡単なルールに従うものとする:

①分離(Separation)他のすべての個体や障害物と最低限の距離を保とうとする。
②整列(Alignment)近くの個体と速さを合わせようとする。
③結合(Cohesion)前進しながら、個体が集まっているところの中心に向かおうとする。

レイノルズがこの3原則を入力して鳥の群れをランダムに再現すると、プログラムは驚くほど自然な動きを見せた。彼は、単純な規則を用いながら、複雑な群体の振る舞いを再現できることを示したのだ。以後、改良されたアルゴリズムが映画のCGアニメーションなどに応用されているという。

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これが私が認識しているバフェットの経営モデルである。現象をコントロールすることによって経営を「正しく導こう」とすると、経営はモグラたたきになる。膨大な作業に追われて、毎日が辛くなり、経営者は心と体をすり減らして、思うように行動しない従業員を恨むようになる。このような世界観に生きる経営者は、コントロールを失うことを何よりも恐れ、毎日が不安で心の安らぎを得ることができない。

やがて主流となるであろう非コントロール型の次世代経営モデルでは、経営現場における無数の変数の中から、組織を動かす本質的かつ少数のルールを特定することが経営者の重要な仕事になる。少数の原則のみを管理してその他の一切を手放すことで、個人が活きる自由な組織と、全体的な統合性を両立することができるのだ。この原則を、膨大な時間と学習と経験と試行錯誤と洞察によって見つけることが、経営者の最優先事項であろう。

あるイギリスの政治家が、この国が19世紀に偉大な国家だったのは、「見事に何もしない」政策のお陰だと言っています。歴史家がこの戦略を賞賛するのは簡単でも、それを実行するのは相当に難しいことです。(ウォーレン・バフェット)

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何が本質的な原則かは、経営者ごとに、組織ごとに、市場ごとに、産業ことに異なるのかも知れないが、共通点もある。多くの場合は人間性に関するもの、価値観に関するもの、経営の優先順位に関するものである。バフェットはこれらの原則を、彼独自の企業金融言語に翻訳してコミュニケートすると同時に、小会社の社長たちとの資本のやり取りに関する厳密なルールを運用しているように見える。例えば、

(i)子会社の経営者が自己管理によって「オーナーのように行動する」こと: バフェットは報奨制度に慎重で、会社を買収するとその部分だけは変えることが多い。バフェットは、子会社の経営者が自己管理によってバークシャーの「オーナーのように行動する」ような最小限のルールを注意深くデザインしている。利益の額や成長率よりも資本収益率を重視する、成長しないことにペナルティを課さない、最適な資本を全額調達し超過分を親会社に返金する、物質的な利益(結果)よりもオーナーのように行動するという動機と行動の方が重視される、など。

すなわち、経営者たちが、株主の利益のために行動することで、満足を得る環境が作られている。「組織の力学」がもたらす誘惑に勝る満足が得られる企業文化が形成されてあり、これがバークシャーの強さの重要な源泉のひとつになっている。

(ii)経営者たちを信頼し、公平に扱うこと(そして、経営者たちが公平だと感じること): バークシャーで通常の経営手法を放棄したとき、唯一残したのが信頼と公平さと相互依存に基づく支配だけだった。彼らの内面からの動機に働きかける。彼らに仕事の大半を任せ、勤勉さ、誠実さ、努力に報いることで、彼らが本能的にそれに答えてくれることを望む。お金のために働く必要がない(しばしば既にお金持ちの)誠実な人とだけ働く。誠実な人を惹き付け、不誠実な人を遠ざけ、誠実な人の忠誠心を維持する。そのために、自分が誠実であること。

(iii)計画しないということ: 事業計画は「組織の力学」の元凶である。企業の計画、予算、予想、管理などは、本来不確実な世界を確実なものと考えようとする幻想であり、不確実なことに対する経営者の怖れを、社員に転嫁しているだけである。タイミングと状況によっては、部下が「何もしない」ことを、上司が、経営者が、最終的には株主が承認しなければならない。「することがないときは、何もしない」ことは、いかなる行動よりも難しい。ここで生じる「組織の力学」は強力だ。他社に顧客をとられる感覚は、心理学的に「好きなものが取り上げられる、または、好きなものを手に入れる寸前で逃す」ような感覚と同じ。人は手に届く仕事を我慢しろと言われると、それに固執したり、奪い取ったりしたくなるものであり、実際殆どの人はそうしてしまう。

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Excerpt from “Chairman’s Letter” in Berkshire Hathaway Inc.’s 1989 annual report.
後半「Mistakes of the First Twenty-five Years」セクション4つ目の ○ 参照

My most surprising discovery: the overwhelming importance in
business of an unseen force that we might call “the institutional
imperative.” In business school, I was given no hint of the
imperative’s existence and I did not intuitively understand it
when I entered the business world. I thought then that decent,
intelligent, and experienced managers would automatically make
rational business decisions. But I learned over time that isn’t
so. Instead, rationality frequently wilts when the institutional
imperative comes into play.

For example: (1) As if governed by Newton’s First Law of
Motion, an institution will resist any change in its current
direction; (2) Just as work expands to fill available time,
corporate projects or acquisitions will materialize to soak up
available funds; (3) Any business craving of the leader, however
foolish, will be quickly supported by detailed rate-of-return and
strategic studies prepared by his troops; and (4) The behavior of
peer companies, whether they are expanding, acquiring, setting
executive compensation or whatever, will be mindlessly imitated.

Institutional dynamics, not venality or stupidity, set
businesses on these courses, which are too often misguided. After
making some expensive mistakes because I ignored the power of the
imperative, I have tried to organize and manage Berkshire in ways
that minimize its influence. Furthermore, Charlie and I have
attempted to concentrate our investments in companies that appear
alert to the problem.