企業最大の費用は人件費ではありません。経営者のエゴです。企業最大の費用(経営者のエゴ)が、一般的な企業金融論で全く語られていないのは、とても不幸なことです*(1)

ホテル売買と企業金融
例えば、私が04年に買収したサンマリーナホテルは、当時築20年。建物躯体の経済耐用年数が仮に40年とすると、ホテルとして経営できるのはその時点であと20年ということになります。当時の取得額は約30億円。単純計算で、この投資額を経済耐用年数で回収するためには、少なくとも年間1.5億円(30億円÷20年)の税引後利益を生み出さなければ、事業そのものが持続性を持ちません*(2)。したがって、事業再生の第一のハードルはこの利益水準をいかに確保するかということでした。実質的に10年以上赤字経営だったサンマリーナは1年そこそこで2.3億円のキャッシュフロー(経常利益1.3億円)を生み出すようになり、巡航速度を取り戻し、「本当にいい会社」になるための第一歩を踏み出します。ところが、資本の原理に基づくと、2.3億円のキャッシュフローを生む「金融資産」は、とてもいい値段で転売可能です。私はホテルの売却に反対したため、臨時株主総会で解任され、サンマリーナは買収から僅か2年、約60億円で外資系に転売されました。問題はその顛末よりも、その後の従業員です。

同じ部屋数、同じ従業員、同じレストランで同じ顧客にサービスを提供し続けることに全く変化はありませんが、60億円で売却されたその日から、投資家が回収しなければならない資本の額は倍増します。すなわち年間3億円の利益を回収しなければ、いずれどこかで持続性を失うということです。年間1.5億円を稼ぐための売上が20億円だとすると、年間3億円を稼ぐために売上を40億円にすることは不可能ですので、当然にして人件費が徹底的に削られます。資本家にとっての事業再生は、従業員にとっての悪夢以外の何者でもありません。資本家は、30億円の利益を何の疑いもなく、「事業再生」の対価として自分の懐にするのですが、その本質は、250人の従業員が今後「20年」、(年間14万人として)280万人のお客様にお仕えすることの対価を現在価値にしたものだという真実は全く語られることはありません。事業が成功するほど回収するべき簿価が上がり、従業員の負担が増す。とても皮肉なことですが、ホテルの従業員は(ホテルに限りませんが)、自分と仲間の報酬と職を減らすために、日々相当な努力を強いられるという構造の元におかれているのです*(3)

経営者のエゴは企業最大の費用
ホテルの事例はとてもわかりやすいのでよく引用するのですが、企業の株式上場における企業金融的なメカニズムはこれと全く同じです。株式上場は経営者の夢かもしれませんが、従業員にとっては「仕事のハードルが著しく高められる恣意的なイベント」以外の何者もありません。新規上場の注目株、高い初値、盛んな出来高、飛躍的な利益成長予想。これらはすべて、30億円のサンマリーナホテル(未公開企業)を60億円で売却(株式上場は実際、自分の会社を株式市場を通じて他人に売るということです)する経済効果と全く同じです。経営者は創業者「利得」を手にして、成功者として讃えられ、車を買い替え、銀座に繰り出し、自分の写真が表紙になった本を出し、雑誌のインタビューに頻繁に登場しますが、この人のエゴを満たすために何百という従業員が負担している莫大なコストを自覚するべきでしょう。

経営者のエゴが企業にとってどれだけ大きな費用であるか、簡単に計算できます。例えば、5億円の当期利益の企業がPER20倍、益利回り5%(当期利益÷時価総額)で上場すると、時価総額は100億円。投資家がこの会社に求める総合利回りが10%だとすると、経営者は(自覚しているか否かに関わらず)毎年5%の成長(5%成長+5%益利回り=10%総合利回り)を株式市場に約束して上場していることになります。この経営者のナイーブな「約束」によって、従業員が将来30年間で生み出すことを運命付けられた利益の合計額は、332億円。経営者が恣意的に決めた「5%成長」の一言には332億円の値札が付いているのです*(4)

さて、時計の針を1月戻します。上場を控えた経営者に、証券会社の担当者が「アドバイス」しています。

「社長の実力を持ってすれば、5%成長なんて余りに弱気じゃないですか。御社のビジネスは時流に乗っていますし、他社よりずっと競争力があります。もっといい値段で上場しましょう。」「社長、それよりもなによりも、社員が上場を決断したのは、従業員のためだとおっしゃっていたじゃないですか。懸命にがんばっている従業員に報いるためにも、彼らがこの会社を誇りに思うためにも、この程度の株価ではだめです。」

かくして、この経営者は企業の事業計画を2.5%強気に修正して、成長予測を7.5%に書き換えます。同じ企業、同じ経営者、同じ従業員、同じ顧客。投資家の期待利回りが同じ10%(成長率7.5%+益利回り 2.5%)だとすると、上場株価は200億円(5億円の当期利益÷益利回り2.5%*(5))と評価されます。社長は創業者利得を倍増させ、証券マンは社長から感謝され、社内では出世して行きます。さて、この経営者が「従業員の誇りのために」行った利益予測の「上方修正」によって、従業員が将来30年間で生み出すことを運命付けられた利益の合計額は、332億円から、実に517億円に上昇します。「誇り」のコストは185億円なのです。

【2010.12.27 樋口耕太郎】

*(1) 以下は、12月9日にネット上に掲示されて以来5万回以上閲覧された私のツイターの 「まとめ」に加筆を行い、企業買収、株式上場などの資本移動に伴う企業金融的な原理をまとめたものです。私は、従来の企業金融論が、資本家と経営者の立場に偏りすぎていると感じているのですが、本稿では資本家と経営者のみならず労働者の観点を含め多面的に説明しようと試みたものです。

*(2) 会計を理解される方は、「企業の税引き後利益は既に減価償却(建物の投資額の回収額)が差し引かれている、すなわち、企業が黒字であるかぎり、建物への投資額の回収が順調に進んでいる」と考え、「減価償却前、金利前、税引後利益」とするべきではないかと反論されるかもしれません。会計理論としてはまったくその通りなのですが、実際にホテル経営を行ってみれば明らかなことは、減価償却分の追加投資だけでは設備の経年劣化や経済価値の減価(資産の陳腐化)分をおおよそ補うことができる程度であり、建物の基本構造や躯体への投資回収分には到底及ばないということです。事業を存続させるための必要条件を理論化すると、おおよそこの水準の利益が必要という考え方をしています。関連する議論と詳細については「トリニティのホテル金融論」を参照下さい。

本稿の論点は、会計や金融の専門知識だけで解釈しようとすると却って混乱してしまうかもしれません。例えば、建物が40億円の総工費で建てられたとしても、ホテルの利益の水準次第で、資本市場では、事例のように30億でも60億でも売買されることが可能で、したがって、建物の建築費(ハード)と売買価格(金融)は殆ど無関係なのですが、本稿では、資本投下額(金融)を回収するための「期限」について、物理的なホテル建物資産の耐用年数(ハード)を基準にしているからです。しかしながら、建物の経済耐用年数という物理的な制約の中で、資本をいかに運用するかというのが経営の現実であり、両者を統合的に解釈する方が経営合理性が高いと思います。

*(3) ホテル売買の法務上の当事者は資本家ですが、経済的な売買主体は、

売主: ホテル所有者 + 経営者
買主: 新・オーナー + 従業員

であり、ホテル所有者+経営者(売主)は、交渉や反論の機会され与えられていない従業員に対して、ホテルを言い値で「売りつけて」い ることになります。従業員は多額のホテル購入代金に相当するお金はもちろん持ってはいませんが、経済的には文字通りの意味で、自分たちが知らないうちに 「20年間のローン」を組まされ、借り入れたお金を一括して、ホテル所有者+経営者(売主)へ支払ったことになるのです。この「20年ローン」を従業員に「貸した」のは新・オーナーで、 元本(と金利)の返済は今後減額される福利厚生や給与、サービス残業、単位時間あたり業務負担の増加、解雇(一括返済というべきでしょうか)などによって 賄われます。さらに、このローンは、新・オーナーが事業的な付加価値を生むことができなれば(少なくとも沖縄のホテルの場合、投資家がそのような付加価値 を実現したケースは殆どありません)、従業員が大半の「返済義務」をかぶる性質のものです。サンマリーナの売却に際して、ホテル所有者(売主)が受け取っ た30億の売却益を、仮に250名の従業員が全額負担するとすれば、一人当たり実に1,200万円の「ローン」を背負わされたことになるのです。金利相当 分を無視して単純計算すると、一人当たり年間60万円、毎月5万円の返済額に相当しますが、平均年収250万円足らずのホテル従業員にとっては大変なイン パクトです。

ホテルの投資家(及び経営者)が替わったからといって、それだけでより高い単価を支払う顧客が増える(事業的な付加価値が生まれる)わけではありません。それどころか、多くの「事業再生」の現場では、価格を下げ、多くの顧客を呼び込み、目先の売上を確保しようとするために、変動費が上がり、利益率が急速に低下します。より高い事業簿価が要求する多額の収益を確保するために、人件費を中心とした費用が大幅に削減されると同時に、単価の低い顧客数が急増し、現場の負担が著しく高まり、商品やサービスの質が低下し、さらに単価の下落をもたらすという完全な悪循環が生じています。

世の中で「事業再生」と呼ばれているものの実態は、結局利益の大半が費用の削減、それも人件費を中心としたコストカットによることが一般的で、この場合は、従業員が売却利益の大半を上記の事例のような「ローン」によって負担していると考えて差し支えありません。

一方、本来あるべき真の事業再生とは、多くの従業員の報酬を増やし、事業の質を高め、単価の高い顧客を多く呼び込んで、利益率を大幅に高め、その利益を可能な限り、従業員を含む事業や地域に再投資するものである筈です。

なお、議論が瑣末になるために、本稿では単に「ローン」と表現していますが、より厳密には「ローンの連帯保証」と言い換えてもいいと思います。新・オーナーと経営者が上記のような「真の事業再生」を実現できれば、従業員は「債務」を履行する必要がなくなり、少なくとも理論的には、報酬がむしろ増加する可能性さえあるからです。しかしながら、現実には世の中の殆ど(といって差し支えないと思います)の「事業再生」とは人件費を中心としたコストカットによるV字回復のことを指しています。このような事業再生の質が全く区別されていないことは、大きな問題と言えるでしょう。一般にホテル所有者の交代に当たって、従業員の給与が減少するメカニズムは、このようなイメージで捉えることができるのです。

*(4) 事例に挙げた数字の水準は、資本市場の現実を表現する上でおおよそ妥当だと思います。要は、100億円を資本コスト10%でファイナンスすれば30年間で300億円(事例では332億円: 初年度5億円、以後5.25億円、5.51億円、5.79億円・・・というように、5億円の税引き後利益が5%複利成長したときの30年分の合計額です)の利益が要求されるということを言っているに過ぎません。ツイッターでは、「恣意的に重い資本コストで計算すれば、あたかも資本家が従業員を搾取しているかのような論理になる」という趣旨のコメントが僅かにありましたが、資本市場では10%のエクイティ資本コストは別に驚くような水準ではありません。また、「成長率の低い、資本集約的な、減価償却の高いホテル事業の事例を使って、上場コストを説明するために引用するのは不適切」という、やや誤解気味のコメントもありました。話を解りやすくするために、私が直接経験したホテル事業を事例として紹介していますが、株式上場における一般的な資本調達のメカニズムは、それがどのような事業であっても、仮に資産を全く持たないネット企業のような業態であっても、あるいは、その企業の成長率がどれだけ高い水準であっても(あるいはそれがゆえに)全く同様に当てはまる原理です。…当期利益5億円、PER20倍、時価総額100億円、成長率5%…、という前述の条件は、資産の有無、資産の簿価、業種の別などとは全く無関係です。

この論点における本質とは、(株主)経営者と従業員の深刻な利害の対立の存在、その事実が巧みに隠されていること、そして、多くの場合経営者が従業員の利害を代表しているかのように振舞うという事実にあります。自由市場では、大人同士の取り決めは当然にして尊重されるべきですが、その前提が(言わない)嘘で固められているとしたら、これは取引ではなく詐欺と呼ぶべきかも知れません。さらに、経営者自身がその事実(メカニズム)を知らない、(知ろうとしない)ことも一般的で、このことが株式上場という「夢の実現」を一層悲劇的なものにしてるかも知れません。

さらに、ツイッターでは、「『5%』の成長は経営者が決めることではなく、市場が評価するのではないか」、また、「『5%』成長が実現しなかったとしても、単に株価が下がって投資家が損をするだけで、必ずしも従業員が一方的に不利益を被るわけではないのではないか」というコメントがありました。前者についてはもちろん、経営者が「5% 成長」を「7.5%成長」と口先で上方修正するだけで株式時価総額が倍増するほど、資本市場が単純でないことは明らかです。しかし一方で、5%成長が見込める企業が、なんらかの経営努力によって7.5%成長をする実力をつければ、少なくとも理論的に株価が倍増するというのは事実です。また、仮に実力を伴わない小手先であったとしても、資本市場は常に歪んでおり、企業が目標とする時価総額に合わせて事業の成長率が「決まり」、またそれに合わせるように新規事業を計画したり、事業戦略が計画されることによって、株価が激しく上下することもまた事実です。逆に考えれば、このような「効果」がなければ、上場のタイミングを見計らったり、IRにお金をかけたりする企業は存在しないはずでしょう。

後者について、資本コスト(この例では投資家の期待総合利回り10%)とは、調達した資金に対して生み出さなければならないリターン、すなわち実質的な「返済利率」を意味します。金融的に「生み出さなければならない」リターンという点ではそれが負債か資本かという違いはあまり関係がありません。負債を返済できなければ債務不履行になることが明らかですが、上場株式資本の場合でも、収益とその成長率が投資家の期待利回りを下回ると株価が下落し、それが長期的に継続すると、第三者による株式の買い付けなどが生じます。すなわち、負債の債務不履行ほど迅速ではありませんが、経営陣の交代(テイクオーバー)などによって、実質的に債務不履行と同様の結果に至ると考えることができるのです。なお、発行済み株式数の50%超を経営者自身が保有する場合、確かに法律行為として経営者が解任されることはないのですが、現実には、経営者(一族)が過半数の株式を保有している上場企業は極めて少数であり、十分な企業収益が伴わなければ経営者に対する直接間接のプレッシャーは相当高まるでしょう。それにそもそも論ですが、お金を広く調達した以上、約束した収益を返すのは経営者の当然の責務であり、「収益が伴わなければ株価が下がって投資家が損をするだけ」という議論は、経営者で居続ける限り認められるものではないでしょう。

*(5) 益利回りはPERの逆数ですので、5億円の当期利益に対してPER40倍(1÷2.5%)と表現することもできます。

トリニティの企業金融論(pdf)

本ウェブサイトとトリニティアップデイトでは、経営者の立場から経営合理性についての議論を一貫して行っています。目に見える資本や、商品や、売上や、顧客満足度や、形式や、組織や、権利義務などよりも、事業の実体である人間関係を注視することで、一般的に認識されているよりも本来の事業範囲は遥かに広大であることを明らかにし、その広大な事業範囲と莫大な経営資源を前提に「経営合理性とはなにか」を根本的に見直すという作業でもあります。

第一ステップとして、事業経営における従業員との人間関係を「サンマリーナの人事考課基準」と言う形で僕なりに表現していましたが、第二ステップとして、株主との人間関係はどうあるべきか、というテーマをまとめてみたいと以前から強く思っていました。先日上場を検討されているある企業に対して株式上場と企業金融に関するアドバイスを差し上げる機会を頂いたので、これをきっかけにしてまとめたものが添付「トリニティの企業金融論」です。

本稿は、①株式上場を考える経営者への企業金融ガイドであるとともに、②経営者からステイクホルダーへの約束ごとであり、③資本市場の門番である証券会社の効率的な事業モデルのひとつであり、④企業が株主へ手渡す「オーナーズ・マニュアル」です。

「いま、愛なら何をするだろうか」、すなわち、

①真実であること、隠し事のないこと、
②相手に一切要求せず、ありのままを受入れ裁かないこと、
③自分を活かし、相手のためになることを、できることから実行すること、

を株主との人間関係において具体的に実行するという目的は全く変わりませんが、「株主との人間関係」が「従業員との人間関係」と異なる点は、株主との人間関係が企業金融機能によって仲立ちされており、この価値観を金融的な「言語」で表現する必要がある点です。トリニティの企業金融論は、この仲立ち機能を翻訳する「金融語」であり、そのため比較的専門的な内容になっていますが、表現している価値観と目的は他のものと全く変わりません。

本稿はトリニティ株式会社の事業運営と資本調達に関する価値観をまとめたものでもあります。トリニティが投資家から事業や資本をお預かりし、経営・投資運用を行うにあたっての企業金融のポリシー、すなわち資本家を含むステイクホルダーへの誓約内容をまとめたものであり、それは上場エクイティ資本であれ、プライベートエクイティ資本であれ、借入と言う形態であれ同様に当てはまります。

本稿は通常のトリニティアップデイトでは2ヶ月分くらいのエントリーに相当する分量(pdfで40ページ分)となってしまいましたので、一度に全文をご覧頂けるようにしました。左上をクリックして、pdfファイルをダウンロードしてご覧下さい。

【2007.4.1 樋口耕太郎】