私なりの勝手な解釈ですが、クリスタキスのネットワーク理論が明らかにすることは、社会は「魚群」のようなものだということではないでしょうか。

私たちは誰もが自分で自分の人生における選択を行っていると考えていますが、実は、魚群が進む方向に著しい影響を受けているのでしょう。例えば、私たちは毎日自分が会社に着ていく服を「選択」していますが、そもそも、服を着るあるいはスーツを着るという社会規範を大前提にしており、私たちの「選択」がその規範を逸脱することは殆どありません。また例えば、私たちが「自分は最近幸福度が増したなぁ」、あるいは、「自分は明るい人間だ」と考えたとしても、実は その原因を担っているのは、自分が会ったこともない友人の友人の、贈与的な生き方に依る可能性が、想像以上に高いということです。

もっとも、個人が「自分の選択だ」と認識していながら、実はその他の要素に多大な影響を受けているということは、必ずしも悪いことばかりではありません。 社会のそれぞれの構成要員が各人の世界観に従って(つまり、主観的に)ほぼ例外なく「主体的な」選択をしていながら、同時にネットワーク全体が一つの統合された選択を行うという、一見背反した現象を矛盾なく統合するためです。

同様に、事業再生の観点でも、私は、誰が再生の起点になっているのかが、一見明確でないものこそが、事業再生の理想形態ではないかと思っています。誰が起点かが明確でないということは、逆に考えれば、各人が主体的に行動していると考えていることを示しますので、それぞれの構成員は例外なく、誰かのためではなく、みんなが自分のために行動した結果、自分のこととして、事業や地域が再生するということになります。

また、「魚群」の進行方向は頻繁に変更されるわけですが、その時々で方向性を決める「一匹」は、組織的なリーダーとはまったく無関係だという特徴がありま す。これは、私の組織運営の実感とも一致しており、実際に組織に影響を与えている人物は、意外なくらい地位とは無関係だったりします。その構成員(一匹) は組織的に力があるとは認知されておらず、多くの場合本人さえも自分が果たしている重大な機能に気がついていません。ところが、そのような人物が組織から 離れてしまうと、組織が急速に劣化し、場合によっては破綻に瀕するほどのインパクトを及ぼすことが良くあるのですが、これについ ても、経営者はそのような認識がないために、一体組織に何が起こったのか、業績が悪化した原因は何なのか、殆ど当てのない宝探しのような状態で、さらに混乱を深めがちです。

いずれにせよ、このような社会ネットワークの原理とメカニズムを理解することができれば、そして、「一匹」の魚が魚群全体の進行方向を変えるの要素を学ぶことができれば、一介の平教員であれ、パートタイマーであれ、組織を全体最適に導くことは、それほど難しいことではないのだと思うのです。

【樋口耕太郎】