レバレッジの性質について議論を補足します。現代金融の難しさであり面白さは、見かけが必ずしも本質を表さないという点でしょう。トレーディングの本質は、経済価値の移転、すなわち(将来)キャッシュフローとリスクの移転です。例えば、ノンリコースローン*(1) による担保借入は、借り手の損失額が担保資産の額に限定されているという性質のために、担保資産から生み出される将来キャッシュフローとリスク(経済価値)を貸し手に一部移転する行為であり、金融的な売却(トレード)に似た性質を有しています。

レバレッジ・保険・トレーディングの深い関係
投資家が100億円の価値がある不動産*(2) を、何らかの理由で安く…80億円で…取得することができたとします。この投資家の取得簿価は80億円ですが、不動産の市場価格は100億であるため、金融機関や市場環境によっては100億円の評価を基準に借入を行うことも可能です。100億円の資産評価を基準にして80%のノンリコースファイナンス、すなわち80億円の借入を行うことができれば、この投資家は不動産の取得に要した80億円の資金を全額回収し、借入実行後は自己資金ゼロで時価100億円の不動産を所有することになります。この取引の現金移動を見ると、80億円で取得した不動産を、銀行(貸し手)に対して80億円で売却する行為と基本的に変わりません。単純な資産売却と異なる点は、将来資産価格が更に上昇した場合は、投資家が依然として100%利益を享受するのに対して、資産価値の下落リスクは貸し手が100%被るというということになります。その意味で、ノンリコースによる借入は、資産価格のダウンサイドリスクを銀行に売却するデリバティブ取引*(3) でもあるのです。このように、借入は売却と似た性質を持っているため、レバレッジをかける(借入を行う)という行為は、それがハイレバレッジであるほど担保資産の売却と同等の経済効果を生み出します。レバレッジがトレーディングであるということの意味は、このような点においても説明可能です。

この取引を貸し手(銀行)の立場から見ると、資産価格がどれだけ上昇したとしても、収益の上限は融資元本と金利の額であるのに対して、資産価格が80億円以下に下落した場合は貸付債権が不良化します。貸し手は担保資産を差し押さえ、時価で売却して資金回収を図ることができるのみです。売却価格が80億円を下回る損失に対しては貸し手が全額負担することになりますので、ノンリコースローンの貸し手は、借り手に対して、資産下落に対する保険を提供していると考えることもできます。すなわち、金融の本質において、レバレッジはトレーディングであると同時に保険の性質を持ち、そして同様のことですが、保険はトレーディングの一形態でもあるのです。

サブプライム危機は既にサブプライムローンだけの問題ではなくなっています。問題を構成する重大要素のひとつであり、ウォーレン・バフェットが「金融版の大量破壊兵器」と呼んだCDS(Credit Default Swap)は、JPモルガン銀行が1990年代に開発したデリバティブ(金融派生商品)の一種で、銀行が誰かにお金を貸したとき、それが返ってこないリスクをいかに軽減するかという発想から生まれたある種の保険商品です。貸し倒れた場合の元利金の支払いを保険会社や年金などの第三者に保証してもらい、銀行はその対価(保険料)を払います。これによって銀行はリスクをバランスシートから切り離し、融資の貸し倒れリスクに備える準備金として積み立てた巨額の自己資本(法定準備金)を取り崩して次の商売に回すことができるというものです。先月破綻し、納税者のお金で救済されたアメリカ最大の保険会社アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)は、このようなCDSの主要な引き受け手(すなわち保険の売主)でした。AIGはCDSを通じて住宅ローンの保証も積極的に行い、政府に救済された時点でCDS保証残高は4,400億ドル(50兆円弱)に達していました。このように、米国の不動産リスクは、ノンリコースローンによって不動産所有者から銀行へ、そしてCDSによって銀行から保険会社へと拡散しながら転売(トレード)されていたと捉えることもできます。

投資銀行とレバレッジ
ノンリコースローンなどによるレバレッジは、不動産などの原資産のキャッシュフローとリスクを、資産の所有者からローンの貸し手へ移転する効果があるため、金融的にはトレーディングとおおよそ同義であることは前述しました。一般に、レバレッジが高い借入ほど、売主(所有者/借り手)にとって割安、貸し手(銀行など)にとって割高な「売買」になります。高レバレッジによって収益率を極限まで高める投資銀行のレバレッジ事業モデルは、貸し手に対して資産を割高に「売却」することで、貸し手の利益を自己に移転する取引ということになります。今回の金融危機で投資銀行のレバレッジ・ビジネス・モデルが崩壊したと言われていますが、そもそもこのような単純な行為がビジネスモデルと呼ばれること自体、何かしらバランスを欠いているような気がします。

「容易に」「多額の」利益を生み出すレバレッジは、超資本主義社会における金融メカニズムが自ら生み出した劇薬のようなものです。レバレッジとトレーディング事業を追求したゴールドマン・サックスは、純資産に対して20倍以上のレバレッジをかけ、収益の75%をトレーディングに依拠していますが、この事業構造を素直に解釈すると、当社は既にお金の流通業としての金融機能を失っており、投資銀行と言うよりも「金融機能付の巨大ヘッジファンド」と呼ぶべき事業実態です。トレーディングは借入れ業におおよそ等しいと表現しましたが、この借入れ業が金融工学によって「高度化」すると、資金の貸し手に過剰なリスクをとらせながら低コストの資本を大量に借入れ、貸し手の利益を借り手(自分)に移転することで、自己資本に対する利益率を増幅させる、レバレッジ・ビジネス・モデルが完成します。

このレバレッジ・ビジネス・モデルは二つの大きな経済価値の移転を達成しています。第一に、多くの場合、レバレッジの「貸し手」とは最終的には預金者であり、生命保険契約者であり、年金を積み立てている労働者であり、MMF投資家であるため、個人金融資産を投資銀行へ移転する効果があります。第二に、ゴールドマン・サックスの例では、当社の株主がバランスシート123兆円分のリスクを引き受けた対価として1.3兆円の利益を得る間に、従業員は2.2兆円の報酬を得ています。すなわち、貸し手の利益を当社に、そして当社の利益を従業員、特に経営幹部に対して大量に移転する構造を持っているのです。このように考えると、投資銀行のレバレッジ・モデルは、事業モデルというよりも、経営幹部のための報酬モデルというべきでしょう。

ベアスターンズ、リーマンブラザーズ、メリルリンチの破綻・救済に続いて、先日全米第一位、二位の投資銀行、ゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーが相次いで銀行規制の監督下に入り、これでアメリカの大手独立系投資銀行は、実質的に全て消滅したことになります。しかし上記のように、本質的な意味においては、1990年代以降アメリカから投資銀行という金融業態は既に消滅し、「金融機能付の巨大ヘッジファンド」が限定的に投資銀行機能を果たしていたことになります。外形的な「消滅」はむしろ事実の後追いに過ぎません。

オフバランスというレバレッジ
レバレッジの概念を「自己資金の潜在的なリターンを増幅させる効果を持つ他人資本」と広く解釈すると、実に様々な形態の金融取引がレバレッジの性質を有していることが分かります。ノンリコースの借入はもちろん、保険、先物取引、スワップ契約、オプション契約、プライベート・エクイティ・ファンドなどのオフバランス(簿外)投資、証券化、あるいは特定の方法による資産の売却やマネジメント契約に到るまで、実に多岐に渡る形態が該当します。

この中でも、オフバランスという会計手法は、魔法に近いと思うくらいレバレッジ効果が高く、現代金融において広範囲に利用されています。簡略な説明をし過ぎると語弊があるかもしれませんが、オフバランスとは、実際には存在するものを、あたかも存在しないものとして会計処理することを認められた資産および取引の総称で、貸借対照表(バランスシート)から切り離された(オフ)という意味で、オフバランスと呼ばれています。要は資産を認識せずに利益だけを計上する会計手法なのですが、このような「いいとこ取り」の会計処理を行えば、自己資本に対する利益率が異様に高くなる(ように見える)のは当然でしょう。証券化やプライベート・エクイティ・ファンドなどはほぼ例外なくオフバランス会計処理がなされていますが、これらの事業が「高収益」を生み、花形ビジネスと一般に認識されている(た)のは、必ずしも金融専門家の投資・運用能力の高さによるものではなく、単なる会計処理(これを称して「先端金融」と呼ぶ人もいますが)に因るところが大きいかも知れないのです*(4)。取引をオフバランスで構成すると、会計上「存在しない」資産から収益が生まれることになるため、ほぼ無限大の自己資本利益率が計上され、投下資本ゼロでオフバランス資産全体の収益を取り込むことができるため、無限大のレバレッジ案件と同等の経済(会計)効果を生むことになります。

1990年代以降世界中で影響力が増したプライベート・エクイティ・ファンドはこの典型といえるでしょう。このようなファンドは通称オフバランス・ファンド、あるいはオフバランス・エクイティと呼ばれますが、その名の通り、ファンドを実質的に運用している投資銀行や運営会社のバランスシートには現れない多額の投資資金です。例えば、ゴールドマンサックスは不動産関連事業だけでも、2008までに累積約3兆円のエクイティ資金をファンドによって運用しています。この資本に借入を組み合わせると、少なく見積もっても10兆円の投資が可能ですが、これらの運用資産は当社のバランスシートに計上されることはありません。更に、これらのファンドが生み出す収益の一部を運用報酬という形式で利益に取り込むことが一般的ですが、利益は手数料として認識されるため、「フィービジネス」と呼ばれています。「フィービジネス」の語感には「資本を使わずに金融サービスの付加価値を収益化する」という、何かしら洗練されたニュアンスがありますが、実態は資本集約的かつレバレッジに依拠した収益が形を変えたものに過ぎません。

先に、ゴールドマンサックスは、123兆円の資産から1.3兆円(収益率約1%)の利益を生み出していると述べましたが、それはバランスシートに表現されているものに限ります。オフバランスの事業を含めると、現実には123兆円のバランスシートを遥かに超える金額の投資がなされている筈です。それは文字通りオフバランスであるため、当社が1.3兆円の利益を生み出すために動員されている資本の額は、どれだけ開示情報を分析しても結局誰にも分からないというのが、金融市場の現実です。

いつものコメントですが、以上は会計原則に対する批判ではありませんし、投資銀行事業への意見表明でもありません。超資本主義環境で拡大した金融システムに関する現状認識のひとつのアプローチであり、その現状認識に基づく世界観が正しいとも、唯一のものであるとも主張するものではありません。会計原則が現在の形で運用されているのには理由がありますし、膨大な会計体系の一部だけを取り上げて体系全体の評価することも全く建設的ではありません。同様に、投資銀行の事業についても、その正否を議論するのではなく、特に1990年代以降、現在のような事業形態に変化してきた事業環境やメカニズムを理解することで、その事業と生態系の本質を理解する一助になると考えるためです。ゴールドマンサックス社を多く引き合いに出していますが、これとても当社が米国の大手投資銀行の中で相対的に良い財務状態を有しているためであり、議論を保守的に展開するという趣旨に因るものです。

【2008.10.23 樋口耕太郎】

*(1) ファイナンスの裏づけとなる資産のみを担保とし、実質的な資金調達者に債務が訴求しない借入形態です。サブプライム危機で問題になっている現象として、物件価値がローン残高の額を下回った場合、オーナーはローンの返済を続けるよりも債務不履行を起こして、銀行に物件の担保処分を進めてもらう方が経済的に合理的であるため、不動産価格の下落に伴って債務不履行率がより生じ易いという面があります。

*(2) 本稿において、不動産資産関連の事例を多く引用しています。私が不動産金融を経験してきたということもありますが、不動産取引は収益構造がシンプルで、金融取引の原理を理解しやすいという利点があると思います。

*(3) 専門的に表現すると、不動産の所有者はノンリコースローンの借入によって、80億円を行使価格、当該不動産を原資産とするコールオプションとほぼ同様のポジションを取得したことになります。投資家にとって80億円のノンリコースローンの担保借入の実行は、80億円で取得した不動産資産を銀行に「売却」し、同時にこのようなコールオプションを銀行から「買い付け」るトレーディング行為と考えることもできます。

*(4) 例えば、ある投資家Aが、80億円の借入と20億円の自己資金で時価100億円の不動産を取得する一連の取引をオンバランスで行うと、資産100億円、借入金80億円、自己資本20億円がバランスシートに計上されます。不動産の収益率が100億円に対して5%(5億円)、ローンの金利が80億円の元本に対して2%(1.6億円)だとすると、営業利益は3.4億円(5億円-1.6億円)、投資収益率(税前)は総資産100億円に対して3.4%、自己資本20億円に対して17%の案件となります。投資家Aの法人実効税率を40%とすると、税引き後利益は2.04億円、自己資本利益率(ROE)10.2%です。

投資家Aがこの不動産を証券化すると、不動産資産は法律上第三者が「所有・管理」する特別目的会社(SPC: Special Purpose Company)に100億円で売却され、投資家のバランスシートから消えます。SPCは80億円の社債を発行すると同時に、残りの20億円の資本分に関しては投資家Aが出資持分として拠出することが一般的です。しかし、この20億円の出資持分は年間3.4億円、17%の収益が見込める優良投資案件ですので、この持分を17%以下の利回りでも構わないと考える別の投資家(顧客B)に売却すると、投資家Aの出資持分に対する収益が急激に上昇します。例えば簿価20億円の持分の半分を10%の利回りで顧客Bに売却するということは、3.4億円の半分の収益1.7億円を10%の利回り、すなわち17億円で売却するということを意味します。投資家Aは売却した半分の出資分の簿価10億円の資産を、顧客Bに17億円で売却し7億円の利益を計上すると同時に、残った10億円の簿価に対して、毎年17%、1.7億円の収益を得ることになります。証券化の期間が7年とすると、投資家Aの投資収益は、10億円の資本に対して、18.9億円(1.7億円×7年+7億円の譲渡益)、1年当たり2.7億円、年率27%の高収益案件に生まれ変わります。100億円の不動産資産はオフバランスとなって帳簿上から消え、投資家Aは堅実で「無借金」高収益経営と評価されます。更にこの案件に対する投資家Aの投下資本は10億円のみ、残り10億の自己資本は預金口座に残ったままであり、運転資金・流動比率も健全です。・・・しかし、その実態は、共同投資家(顧客B)から10億円の資本を10%の高利回りで預かり(約束した投資収益は実質的な借入です)、5%の収益を生む平凡な100億円の不動産に投資しているに過ぎません。

また、以上の取引における他人資本は、2%で80億円の借入と10%で10億円の出資金ですが、両者の資本コストを加重平均すると、実質的に90億円を2.9%((80億円×2%+10億円×10%)÷90億円)で借り入れていることになります。2.9%の資本コストで90%のレバレッジを掛けることができれば、どんなに平凡な投資であっても大概は高収益事業に変貌することは前稿で述べたとおりです。