「たべる毒薬」

私とパートナーの末金が農業と食について深い関心を持つようになって9年ほどが経ちますが、食の現実を知れば知るほど、私たちが「食べていると思っているもの」と「実際に食べているもの」が、どれだけ乖離しているかに愕然とすることの連続です。私たちの食べものは惨憺たる状態にあります。

私たちが毎日食べているもの、子どもたちに与えているものの大半は、コストを削るために極力低価格の素材で作られています。その質の低さにも関わらず、私たちに「食べたい」「もっと食べたい」と思わせるために、糖分と脂肪分と塩分がふんだんに添加されるため、命を支えるはずの食品が、体を蝕む最大の要因になっています。現代の食品製造技術では、ほとんどどのような素材であっても「おいしい」味に変えてしまうことができます。食欲をそそる香りを加え、食感を豊かにし、見た目に美しく、コクと旨味を加え、簡単に用意できて、便利で、流通・保存を容易にするために大量の食品添加物が駆使されます。私たちの食は、薬品で味が整えられていて、カロリーたっぷりで「おいしく」感じるのですが、質と栄養素と素材は劣悪で、食品というよりも、「たべる毒薬」に近いと思うことがあります。

幸せな社会は幸せな食事から

私たちは、社会をよりよくするために、自分自身が行動することにこそ最大の価値があると考えています。社会を変えるために、まず自分が変わる。理想の社会を目指すのであれば、自分こそが、まず、理想社会を生きるべきでしょう。同様に、理想の食を考えるのであれば、何よりも自然で、安全で、おいしく、エネルギーに溢れ、愛情に満ちた毎日の食事をとることが何よりも大切だと思うのです。私たちにとって理想の食事を深く丁寧に追求することは、効率重視の価値観によって愛情が常に後回しにされがちな現代社会への「おいしいレジスタンス」なのです。

そのような動機から、積極的かつ頻繁に買い物に出るようになり、スーパーでの買い物の際に食品の成分表示を確認するようになり、有機無農薬野菜を優先して食べるようになり、無農薬のお米を取り寄せ、牛乳を吟味し、飲み物に注意を払い、塩、砂糖、醤油、なたね油、ごま油、オリーブオイル、味噌、酒、みりん、酢、スパイス、ハーブ、豆板醤、甜麺醤、コチジャン、オイスターソース、バターなどを始めとした調味料、ハム、ソーセージ、肉、魚、チーズ、たまご、漬け物、梅干し、パスタなど食材の一切を見直し、新鮮な素材を使って、自分たちで美味しく料理し、味わい楽しみながら食べはじめたところ、文字通り人生が変わりました。

明らかな変化は、短期間で体がびっくりするほど若返ったことです。子どもの頃から毎年必ず何回かは病気に臥せっていたことが噓のように、一切病気にかからなくなりました。風邪を引くのは当たり前のことだと思っていましたが、どうやら、風邪を引かないことの方が当たり前だったようです。「おいしい毒薬」を食べることを止めれば、本来の健康な状態に回復するということでしょう。以来私の医療費はほとんどゼロで、ありがたいことに医療保険は払い損の状態が続いています。自分が健康になれば、その保険料が誰かの役に立ちますので、それだけで向社会的と言えるでしょう。

単に病気にならなくなっただけではなく、体に力がみなぎり(回復し)、疲れなくなり、夜は深く眠り、朝は溌剌と起き、学ぶことへの意欲が増し、仕事がさらに楽しくなり、情熱的に働き、人間関係に恵まれ、不安がなくなり、ストレスを感じなくなり、愛に溢れ、幸せで、生産性の高い人生を送っています。お世辞も混じっていると思いますが、多くの人から年齢よりも相当若く見られますし、美容室では髪と頭皮の若々しさを褒められ、白髪もいまのところ目立たず、週何日かは6キロを苦もなく走る体力があります。

おいしいレジスタンス

私たちは、毎月およそ50冊程度の雑誌に目を通していますが、その中で、おいしそう!試してみたい!とひらめいた料理のレシピをストックして、その中から毎日必ず違う料理を二人で作って食べています。少なくとも年間300日300食の異なる料理を作るのですが、私たちはこのような生活をもう8年以上続けていますので、これまで恐らく2400種類の異なるレシピを作って食べていることになります。

食べることは、単にカロリーを獲得することではありません。私たちの人生を豊かにし、ひいては幸せな社会を実現する強力な市民運動でもあるのです。このような趣旨で、沖縄大学でも「観光と食」という講義を開講し、学生たちに「おいしいレジスタンス」の実践を勧めているのですが、私が講義でこの話をするたびに、学生たちからは私が具体的にどのような食事をとっているのか、興味津々で問い合わせを受けることが多くなりました。そこで学生たちにより具体的なイメージを伝えるために、そして、今までの私たちの実践をよりインスピレーショナルな形で表現するために、私たちの「今日のごちそう」を紹介することに致しました。

これだけの回数を重ねていくと、料理を美味しくする要素がだんだんと分ってきますし、レシピを作っている料理研究家の方々の意図や経験の深さや考え方が理解できるようになってきます。単なる料理ブログではなく、食材の内容、調達先、価格、料理の考え方などをまとめ、「おいしい市民運動」の実践の場としていこうと思っています。

【樋口耕太郎】