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1 沖縄に立ちはだかる壁、米軍基地

(1) 避けられない難問
沖縄の経済について考えるとき、米軍基地の問題は避けて通ることができない。社会・経済のいわば毛細血管の隅々にまで米軍基地の問題が絡みつき、見かけの額を遥かに超える複雑な影響力を社会の生態系全体に及ぼしている。このため、沖縄の地域再生を語るためには、まずその前に、基地経済の現状とその弊害の実態をどうしても明らかにしなければならないことになる。

沖縄県庁は、軍用地料、軍雇用者所得、軍人・軍属消費支出の合計額(「軍関係受取」)が、県民総所得に占める割合が復帰直後の15.5%から5.4%へ、金額にして約2,155億円(’06)まで低下し、基地経済への依存度は減少している、と説明する。しかしながら、その数字が事業や生活の実感とそぐわないのは、基地経済を余りに狭義に捉えすぎているためではないだろうか。直接基地関連の補助金でなくとも、沖縄ゆえの優遇・特別措置や振興策は基地経済の一部であるからだ。粗々ながら実際の基地経済の規模を推定すると次のようになる(カッコ内はデータ年度)。

防衛省が管轄する軍用地料583億円(’06、国有地34.4%へ支払われる軍用地料を相殺した額)、基地周辺対策費176億円(’03)、思いやり予算沖縄分540億円(’07)。軍人・軍属の消費支出632億円(’05)。内閣府沖縄総合事務局が管轄する沖縄振興開発事業費2,720億円(’06)、・・・沖縄振興開発事業費には、北部振興、「特別調整費」、科学技術大学院大学、教育振興、農業振興、金融公庫、島田懇事業などが含まれている。総務省基地交付金・調整交付金68億円(’07)、文部科学省などその他9省予算88億円(’03)、以上の合計だけで、年間およそ4,800億円(①)。まずこれが比較的はっきり「目に見える」お金だ。

次に、沖縄県(’06)と市町村(’04)が国から受け取っている地方交付税、地方特別交付税、国庫支出金の合計が5,900億円、全体の歳入1.15兆円の実に51%を占める。全国の平均が29%(都道府県)、26%(市町村)であるため、51%との差額を仮に、沖縄の特殊事情による国からの「上乗せ」と解釈すると、その推定額が年間およそ1,400億円(②)。

その他数量化がむずかしい要素として、揮発油(ガソリン)税、航空機燃料税、国内線空港着陸料、酒税など、国の支出予算を伴わない各種減税措置(③)がある。沖縄のガソリンは本土よりもリッターあたり7円程度安いと言われ、自動車保険にも優遇措置がある。航空燃料税は本土便で50%、空港着陸料は1/6に減額されているため、この影響は経済的波及効果の大きい入域観光客数に直接及ぶ。さらに、約1兆円の融資残高を持ち、毎年約1,000億円の長期低利融資を行う沖縄振興開発金融公庫の金融効果(④)、後述する軍用地の波状的な金融・経済効果(⑤)、その他恣意的に作られた可能性がある有形無形の沖縄キャンペーン、その他(⑥)である。

以上(①)~(⑥)の合計額を大掴みにイメージすると、年間1兆円(から波及効果を含めると最大2兆円)。沖縄の県民総所得約4兆円のうち、25%(~50%)が基地経済ではないかと推定できる。こうなると沖縄県庁が発表する数字の5倍から10倍だが、こちらの方がよほど県民の実感に近い数字ではないか。すなわち、1兆円を越えるハードルに向き合うということが、沖縄が自立するということの本当の意味であり、地域再生において維持すべき目線なのである。

(2) 基地経済の生態系
基地経済がその実力を遥かに上回る規模にまで沖縄経済を膨張させている様子は、以下のような事例からもイメージできる。

土木建築業の産業付加価値を表す07年の沖縄県の建設投資額は約5,500億円。同年度の沖縄振興開発事業費の公共事業費2,400億円がなければ、産業規模はざっと半分になるイメージだ。沖縄の建設業は4.4万人を雇用している。沖縄の平均世帯人数2.6人で単純計算すると、11.4万人に影響を与える重要な産業だが、これだけの産業が基地経済によって倍に膨れ上がっているとすれば、将来への影響は深刻だ。

軍用地料は72年の126億円から一度も下がることなく継続的に上昇し、06年度の合計は約888億円(米軍基地777億円、自衛隊基地111億円)。地権者の約34.3%が国であるため、これを除いた賃料583億円を仮に30倍で評価すると、1.75兆円の金融資産に相当する。その担保掛目が60%としても、ざっと1兆円相当の債権の信用補完ができることとなる。沖縄銀行が日本でもっとも健全度の高い銀行として、全国の上位にランキングされているのも偶然ではない。また、約9,000名の軍雇用員は準公務員待遇で雇用され、平均570万円(’05)という沖縄では破格の安定収入を得ている。彼らの消費が地域に及ぼす効果はもちろんだが、信用力の高いと判断される彼らが住宅ローンを借り、債務の保証人となり、車のローンを借りることによる金融効果は計り知れない。沖銀、琉銀、海邦、主要三銀行の融資残高が2.7兆円であることを勘案すると、軍用地がなければ沖縄の金融機関の規模は大幅に縮小することは間違いない。

仮に軍用地を企業に見立てるとしよう。軍用地料900億円を配当していると考えると、実効税率40%として1,500億円の経常利益に相当する。沖縄全法人の申告所得総額は1,430億円(‘08)、沖縄の全企業が束になっても軍用地料分を稼げない。また、1,500億円の経常利益は、利益率5%として、売上3兆円の企業が地元に存在するイメージだ。この売上規模は東証一部企業のランキングでは30位。三菱重工、シャープ、ブリジストン、JR東日本よりも大きい企業ということになる。金融機関を除く沖縄上位100社の売上の合計が1.87兆円(‘08)であること勘案すると、軍用地料がいかに大きな影響を及ぼしているかが想像できる。

沖縄を代表する「超優良」企業沖縄電力は、沖縄振興特別措置法に基づいて数々の税の優遇措置を受けていることに加えて、売上の約1割弱107億円(’06)が米軍基地に対するものである。沖縄電力の経常利益は100億円前後であり、基地が撤退すれば赤字に転落する可能性が高い。その他、沖縄の申告所得上位企業は、請負工事など軍関係の仕事や、特別措置法に基づく税の減免措置によって利益を確保しているところが少なくない。特に県内で製造販売されるビール、泡盛にはそれぞれ20%、35%の酒税軽減が措置されているが、酒税軽減額は年間36億円(’09)、復帰以来の累計額は1,000億円を超える。およそ230億円(’05)の泡盛製造業、200億円のビール製造業いずれにおいても、酒税軽減額がほぼ利益の額に等しく、業界の育成というよりも実質的に利益の補填に近い。

2 大田県政の皮肉な「成果」

(1) 政治と基地と経済と
誤解を怖れず、単純に表現すれば、沖縄の政治は、「基地を成長戦略に利用しようとする」保守と、「基地なしで自立しようとする」革新の綱引きという図式が存在するが、最大の皮肉は、革新の政策がもっとも「保守」的な結果を招いていることだ。

近年、基地経済の重要な転機になったのが、90年から98年まで2期務めた革新大田昌秀県政時の95年9月4日、米兵による少女暴行事件。この事件に端を発した、日米地位協定の見直し・基地の整理縮小を目指す沖縄県民の大運動は、大田知事(当時)の駐留米軍用地の強制使用にかかる代理署名拒否、8.5万人が集結した復帰後最大規模の県民総決起集会、日本で初めての県民投票など、前例なき運動のうねりとなって日本政府を大いに慌てさせることになる。県民総決起集会から1ヶ月足らずの間に米軍基地の整理縮小に向けた打開策がまとめられ、「沖縄米軍基地問題協議会」「沖縄における施設および区域に関する特別行動委員会(SACO)」が次々と設置。年末に開催された日米合同委員会では、キャンプ・ハンセンの一部など、8施設・10事案の返還が早々に合意された。翌1月、橋本新首相の施政方針演説において米軍基地の「整理統合・縮小を推進する」旨明言され、4月には普天間飛行場の「7年以内」の全面返還が発表されるなど、政府の驚くほど迅速な一連の対応は、政府が県民運動の拡散をどれだけ恐れたかを物語っている。

この事件をきっかけに政府が沖縄に用意した、経済的な「パッケージ」は圧巻である。沖縄の要求はそれがカネで解決のつくことであればすべてを受け入れる、と言わんばかりだ。基地所在市町村38事業に投下された、いわゆる「島田懇談会」事業1,000億円、全国の米軍基地所在地に配分される地方交付税の沖縄への傾斜配当75億円、小渕内閣による「特別調整費」1,000億円、北部振興策1,000億円、現在までに3,000億円を超えるSACO関連経費、などが立て続けに決定された。毎年2,000億円、多い年で4,000億円を超える予算が組まれる沖縄最大の振興策、第三次沖縄振興特別計画が当然のように更新され、その中で新たに、情報通信産業特別地区、特別自由貿易地域(FTZ)、金融業務特別地区の三制度が措置された。那覇空港ビルと那覇新都心に店舗を構えるDFSギャラリア・沖縄は同法に盛り込まれた特定免税店制度によるものである。

観光産業を強力に後押しした2000年の沖縄サミット開催も、95年の事件がなければ検討すらされなかった可能性が高い。ザ・ブセナテラスは、開業直後の苦しい時期にサミットの追い風を大きく受けている。当時、沖縄の「目玉リゾート」の経営が高単価で軌道に乗ったことで、観光産業全体がどれほど恩恵を受けたかは計り知れない。首里城守礼之門を図柄とする2,000円札の発行、首里城跡の世界遺産登録、NHK連続テレビ小説『ちゅらさん』放映、辺野古で撮影された中江裕司監督作品『ホテルハイビスカス』、特別調整費を中心に15億が拠出された沖縄デジタルアーカイブ「Wonder沖縄」、北部観光740億円・北部経済1,300億円の経済効果を生み出していると試算されている美ら海水族館新館、すでに600億円が投下された沖縄科学技術大学院大学、100億円を超える事業費で辺野古に設立された国立沖縄工業高等専門学校なども同様だ。沖縄全島に散在する豪華なスポーツ施設ではプロ野球全球団がキャンプを張る。その中でも最新の奥武山球場は防衛施設庁の予算70億円で改築され、読売巨人軍沖縄キャンプの誘致が決まった。90年代後半以降活躍が目立つ沖縄出身の芸能人、全国に急増した沖縄料理店、酒税の減免措置が適用する泡盛の流行、数々の沖縄キャンペーンなど、息の長い大掛かりな沖縄ブームで多方面から持ち上げられた結果、沖縄への入域観光客数は96年から急増し、わずか15年間で倍増した。「経済振興」という名の有形無形の補助金が沖縄へ大量に降り注いだタイミングと重なっているのは偶然ではない。

(2) 沖縄のジレンマ
つまりは、皮肉にも95年以降の基地反対・自立運動を唱えた大田県政が、基地代償のための「経済振興策」を大量に引き出し(てしまっ)たわけだ。少女暴行事件に端を発した基地反対運動は、そもそも革新大田県政下でなければあれほどの盛り上がりを見せなかった可能性がある。そして、戦後最大規模に拡大した県民大運動が日本政府の強い同化・懐柔政策を引き出し、ただでさえ補助的な開発振興政策に加えて、沖縄に対して大量の補助金の投下、経済援助、キャンペーンが進み、90年代後半以降の沖縄は、補助金に完全に依存する形の歪んだ「経済成長」を遂げることになる。基地からの自立を誰よりも望んだ革新大田県政が、結果として基地経済への依存度を著しく高め、沖縄自身をもっとも「本土化」し、自立を阻む最大の要因を招いてしまったのだ。

3 基地経済が引き起こす弊害

基地の存在は、経済成長にプラスであるという考え方は一般的といえる。基地が存在するために大量の経済的な見返りがあるという意味ではその通りだが、歪んだ経済援助は社会に重大な弊害の数々を及ぼす。その深いマイナス点を織り込んだ後で、どれだけプラスかマイナスかを考えるべきであろう。

(1) 第一の弊害
大きな社会格差を生むことだ。年間「1兆円」を超えるお金が政府から拠出されているということは、県民一人当たり毎年100万円のお金を手にしている計算になるのだが、現実は著しく不均衡に配分されている。沖縄県民の平均所得は日本で最下位であるだけでなく、年収200万未満の労働者比率は49%、全国平均の33%よりも遥かに高い。一方で、申告所得1,000万円以上の(納税者数に対する)割合は全国第9位。沖縄は低所得社会というよりも、日本最大の格差社会なのだ。不均等に分配される大量の補助金と、軍用地主などの存在が大きく寄与していることは間違いない。

(2) 第二の弊害
公共工事に偏重した産業構造だ。沖縄振興特別措置法に盛り込まれた高率補助のために、沖縄県は土木工事の9割以上を国の費用で賄っている。県が予算を組む「補助事業費」の額の10倍以上の公共工事を発注することができるのだ。反面、この予算を、例えば景観整備やデザインや教育などのソフトコストに回そうとすると、10分の1の経済効果しか生み出すことができないため、どうしても公共工事が優先される。9割の補助金を利用して自然の海岸が埋め立てられ、島がコンクリートで固められ、最も重要な観光資源が破壊される。県の農業予算もその実態は大半が農業土木であり、自然の表土を削り、土壌を入れ替え、風土に合わない農産物を大赤字で生産する過程で、大量の赤土を生じ、珊瑚と海と環境を破壊する。

(3) 第三の弊害
資産インフレだ。軍用地料を恣意的な高水準に維持するための法外な評価額は不動産市場を大きく歪め、日本でもっとも県民所得が低い県であるにもかかわらず、沖縄の地価がこれほど高いことの主因になっている。

基地跡地の再利用で、返還前の異常に高い軍用地料に見合う事業を成立させることは、顧客単価の低い沖縄では困難であり、必然的にショッピングセンター、パチンコ、ゲームセンターを中心とした賃料水準優先の開発になりがちだ。実際、近年開発された那覇新都心、宜野湾西海岸、豊見城市豊崎タウンはその通りの乱開発になっている。「成功事例」とされている北谷の再開発も、その実態はコザとの間で地域市場の食い合いをしただけであり、これが原因のひとつとなって、かつて栄えたコザの街は崩壊してしまった。沖縄でこれ以上同じようなショッピングセンターばかりを作るべきではないのだが、反面、商業施設以外の誘致では十分な収益が上がらない。軍用地料を基準に再開発を行う、というそもそもの前提がおかしいのだ。

この資産インフレに目をつけて、財政赤字を埋め合わせようとする地方自治体は、自然の海岸をそれこそ高率の補助金で容赦なく埋め立て、都市計画の整合性や美しさよりも価格を優先して、ファンドなどの投機筋、マンションデベロッパー、遊技場などに高値で売却する。目先の財政は潤うかもしれないが、そこで事業を行い、多額の投資回収のために骨身を削って働くのは、投資家ではなく他ならぬ地元の従業員だ。ただでさえ高い地価に加えて、自治体に支払われた多額の用地購入資金は事業の簿価を押し上げ、もともと利益率の低い沖縄のサービス業の収益を圧迫し、商品の質と原価を下げる。正社員が臨時社員に置き換えられ、従業員の報酬が削られ、街並みが破壊され、現在の沖縄産業構造が生まれた。

さらに、資産インフレはホテルを中心に短期転売を目的としたファンド系の資金を大量に呼び込む。過去10年足らずの間に沖縄の主要なホテルの大半は転売され、現在はその殆どが外資系資本だ。彼らが事業を「再生」して、高値で転売したり株式を上場したりするたびに簿価が大幅に上昇し、事業から回収するべき利益のハードルが上がる。従業員が働いて利益を出せば出すほどホテルは高値で売却され、従業員の利益目標は逃げ水のように高くなる。利益を捻出するために人件費が削られ、原価が削られ、商品とサービスの質が低下する。沖縄のホテルの従業員は、自分自身あるいは仲間の報酬と職を減らすために骨身を削って働いているという、実に皮肉な構造の元におかれているのだ。

(4) 第四の、そして恐らく最大の弊害
自立心の喪失だ。沖縄の基地経済は、どんなに言葉を飾っても、その経済的な本質は沖縄が受け取る毎年「1兆円」超の不労所得である。四人家族であれば400万円、沖縄全体で見れば文字通り誰一人として働く必要のない水準の金額だ。これだけの不労所得が社会に投下されれば、事業へのこだわりは失われ、創造性が欠落し、いいものを提供しようという情熱が失われる。自分の事業を切り開くという意識と自信と意欲が希薄になり、沖縄県内からノウハウと人材が輩出されず、逸材は沖縄に留まらず、または沖縄で活かされない。

4 基地経済の弊害が引き起こした沖縄の現状

(1) 劣化する社会

基地経済は、沖縄経済の「量」を人為的に膨らませる代償として、沖縄の将来にとって最も重要な、観光の質、雇用の質、地域と生活の質、について、目も当てられないほどの低下を招いている。大量に提供される補助金は、原価を上げて商品の質を高めたり、サービス向上のために従業員の報酬を増額したりするためには使われない。基本的に商品の価格を下げて顧客を呼び込むための原資、つまり単なる利益の補填となる。価格を下げれば目先の顧客は増えるが、客層の低下が進み、際限ない価格競争が始まる。利益率が縮小し、原価と人件費が削られる。取引のボリュームは拡大して仕事は増えるが、人は増員されにくい。中途採用社員が正社員になることは事実上不可能といえるほど困難であり、現場は若くて安くて不安定で経験の浅いパートタイマー中心だ。沖縄は今や全国でもっとも正社員比率が低く、もっとも臨時職員の比率が高い県だ。沖縄の主力産業とされているホテルやコールセンターで働く従業員は、手取りの給料12万円が当たり前の水準だが、それでもサービス残業が横行する。キャリアを積み重ねるどころか、結婚することすら困難で、いくつになっても家族の支えがなければ生活できない。人件費が安いからという理由で沖縄へ大量に進出するコールセンターのような業態は、低賃金に押さえられている沖縄の労働分配の歪みを収益源にしているともいえる。

基地経済がもたらした沖縄の社会・経済・産業構造は、結果として、補助金や行政の支援なしでは自立できない企業を量産している。現在の沖縄経済は、実質的に四つの産業・事業モデルしか存在しないように見える。論点をはっきりさせるために敢えて赤裸々な表現を使用すると、

①補助金なしでは存続し得ない依存型事業(製糖、ビール、泡盛、建設など)、
②消費者にコスト転嫁が容易な規制・独占業種(製鉄・電力など)、
③自分のノウハウを持たない経営不在型事業(フランチャイズや提携事業など)、
④低品質高価格のぼったくり型事業(多くのサービス業、みやげ物、県産品など)。

(2) 斜陽の沖縄観光
観光立県を支えるはずのホテルやリゾートでは、一部屋に大量の宿泊者を詰め込んで売上を稼ぐやり方が横行している。目先の利益を確保しようとして商品やサービスの質をないがしろにすると、しだいに客層が低下して安いものしか売れなくなり、埋め合わせに販売量を増やして競合の激しいマスマーケットに訴求せざるを得なくなる。顧客が離れていくのを繋ぎ止めるため、あるいは新規顧客を開拓し続けるために広告宣伝や営業などの追加費用が必要となる。利益が圧迫されるために人件費を大幅に削る必要が生じ、労働環境が悪化し、従業員の質が低下して応用力のある対応ができなくなり、現場で小さな不正が増えるため、経営は業務をいっそう規格化する。そして、人間味を失ったサービスの低下が顧客層を下げるという完全な悪循環に陥る。いったん下落傾向になった質の低下は、どこまでも市場を安っぽいもので満たしている。

沖縄への観光客は600万人に届くといわれているが、すでにそのうちの約半数290万人は、離島への観光客である。本島への観光客は実質的に300万人程度に過ぎず、観光地としての沖縄本島は激しい衰退状態にあると考えるべきだ。主要観光施設への来場数は、海洋博記念公園(美ら海水族館)365万人、首里城公園250万人(いずれも補助金で開発された)。平均で2泊する本島への「300万人」の観光客が、一日北部と美ら海水族館、一日首里城公園と那覇を観光して帰路に着くに過ぎず、実質的に「沖縄観光」と言えるほどの深みと多様性は消滅している。沖縄が誇るリピート率の高さも、過去10年くらいのトレンドとして増加してきた離島観光と、本島におけるレンタカーの普及によって、毛細血管のように訪問先が増加したためであり、顧客は決して自分のお気に入りの場所に再訪(リピート)している訳ではないのである。

観光地の質を近似的に定量化する指標は、「顧客一人当たりの平均滞在日数」だ。この指標は過去30年間、ほぼ一貫して低下し続けている。09年は、延べ宿泊日数1,140万人、来訪者集565万人、観光客は平均で2.0泊しかしていない。沖縄県政は観光収入や来訪者数よりも、この数値を何よりも重視すべきだ。

5 沖縄が目指すべき道

以上、基地問題の弊害や現状を多々述べてきた。基地反対を唱えることは容易だが、それを真剣に実現したいのであれば、1兆円(から最大2兆円)の経済ギャップを埋めることなしには不可能だ。一方、基地を容認して補助金を受け続けることは、自立を阻み、産業を阻害し、社会を壊し、持続性のない量の経済をいたずらに膨れ上がらせ、質の高い社会の実現を遠ざける。沖縄の地域再生を実現するということの意味は、これらの構造問題を解消するということである。その道筋をつけるおそらく唯一の方法を次に提起したい。

(1) 質の経済へ
沖縄の将来を切り開くために、我々がまず虚心坦懐に認めなければならないことは、沖縄が過去38年間追いかけてきた「本土並み」とは、いかに「平均」を目指すかという政策だったということだ。この発想を前提とすれば、大量の補助金を獲得して、平均的な商品やサービスを量産することが合理的であり、実際沖縄は38年間全力でその道を突き進んできた。結果として、世界でオンリーワンのクオリティを有するものが、今の沖縄には殆ど(といって過言ではないと思うが)存在しない。沖縄が誇る「最高級リゾート」も、ハワイで評価されればおそらく30番目にランキングされることもむずかしいのだが、それは政策の「失敗」によるものではなく、「成功」の結果なのだ。日本が世界の経済大国になって25年が経過し、これだけ海外旅行経験者が増え、誰しもが世界中の豊かなリゾートを体験しているため、顧客はこの事実をはっきり認識している。それに気がついていないのは沖縄だけだ。

観光産業の特徴としては、地域でもっとも水準の高いホテル(「一番館」)が提供する商品・サービスが、地域全体の質の上限、地域に訪れる顧客層の上限、地域の最高単価を決定する。逆に、「一番館」の水準を大きく引き上げることができれば、沖縄に来ることを今まで考えもしなかった上質な顧客層が訪れ、顧客滞在日数が増え、質の向上に伴って地域全体の商品やサービスの単価が上がり、顧客一人当たりの消費額が増え、地域全体に及ぼす波及効果は計り知れない。過去の沖縄とは非連続な、世界中で沖縄にしかない、沖縄にしかできない、沖縄の個性を徹底的に生かした、たった一つの「本物」事業が一枚目のドミノとしての起爆剤になり、地域全体を再生することが可能なのだ。

世界でオンリーワンの質を提供し、それを価格に反映することは、見せかけや一点豪華主義では機能しない。本物を作り上げること、そしてまとまった世界観全体のバランスを取ること。どちらかでも中途半端になると、質が価格に反映されず、価格を上げた瞬間に稼働率が減少して売上が下がり、利益率を大きく下げるだけに終わってしまう。重要な点だが、顧客は商品本来の価値そのものよりも、既に経験した価格水準にこだわる強い傾向がある。たとえ最初の価格が恣意的でも、それが一旦私たちの意識に定着すると、現在の価格ばかりか、未来の価格まで決定付けられる「アンカリング」という現象だ。「沖縄のリゾートは1泊2万円が相場」、という認識を顧客が持っていれば、たとえ10倍の価値をもつホテルが単独で登場しても、それだけでは2万円を基準に価格が比較されることになる。

(2) キャンプ・キンザー

沖縄の新「一番館」は、1泊2万円のアンカリングを断ち切り、たとえば10万円のゾーンに遡及する水準が適当で、そのためには現在までの沖縄のリゾートとはまったく異質な世界観を作り出すものでなければならないのだ。顧客はB級リゾートを想起させる雑然とした町並みをできるだけ通らずに、那覇空港から直接、広大かつ独立した、無粋なコンクリートや構築物が目に入らない、異質なリゾート環境へと導かれる動線が確保されるべきだ。統一されたコンセプトによって開発される100ha程度の「新世界」が確保できれば、これまでの「B級リゾート沖縄」のパラダイムから脱し、本当の沖縄らしさに立ち返って、人間関係の質、労働の質、商品とサービスの質に徹底的に向き合うことで、単に高額なものが高級とされ、「量」を常に優先してきた資本主義社会の価値観に挑戦することができる。

このような目線に見合うプロジェクトが、沖縄で、それどころかおそらく日本全体で唯一可能な場所が、14年に返還が予定されているキャンプ・キンザー跡地である。キンザー跡地270haは那覇空港から10分、東アジアから1時間、都市部に残された沖縄最後の宝石である。沖縄の南半分に自然の海岸はもうここにしかない。

海岸線の3分の2は返還を待たず早々に埋め立てられて道路になり、北側850mだけが辛うじて残っている。そして数年のうちには、お決まりの土木工事によって、この海岸線上に120億円の橋が開発されようとしているのだ(ワイキキビーチの真ん中にコンクリートの橋がかけられる姿を想像して欲しい)*(1)。社会全体の質の低下と、崩壊寸前の沖縄観光産業の現状を重ね合わせると、我々がキンザーに描く絵に沖縄の将来のすべてがかかっているというのに、沖縄でもっとも経済価値のある景観を台無しにする無粋な橋が完成すれば、キンザーは那覇新都心、宜野湾西海岸、豊崎タウン、北谷ハンビーのような平凡なB級リゾート都市になり、沖縄が観光地として生き残るためのラストワンチャンスが消える。そのとき沖縄の将来は本当に潰えてしまうであろう。沖縄は復帰以降38年間、コンクリートと補助金で「本土並み」を目指してきた。その結果が現状だ。長年基地返還を戦ってきて、やっと取り戻せる広大な土地。ここでわれわれが何を望むかが、基地返還運動の成果のすべてではないだろうか。これからは世界中で沖縄にしかできないこと、もっとも沖縄らしいこと、沖縄が誰よりも世の中に役に立つことを示すことによって、沖縄の自立が始まる。周回遅れでトップを走る沖縄が、日本の地域再生モデルとして語られるその日のために尽力したい。

金融財政事情研究会編 『季刊・事業再生と債権管理』 2011年1月5日号掲載  【樋口耕太郎】

*(1) 写真は現在の波の上ビーチ。沖縄県と浦添市は、キャンプキンザーの海岸に、実質的にこれと同じことをしようとしている。