「強い企業」、あるいは「企業を強くする」とはどういうことでしょうか。売上を伸ばすこと?利益の成長?総資産や純資産を増やすこと?戦略的な新規事業の展開?競争力のあるビジネスモデル?優秀な経営陣や人材の確保?資金力?…。しかしながら、これらのどれをとっても、あるいはこれらの全てを達成しても企業を本質的に強くするとは限らないと思います。例えば、世の中で注目を浴びている(た)成長企業やベンチャー企業の中には、これらの多くまたは全てを満たしている企業は少なくありませんが、そのような企業がいとも簡単に凋落したり、短期間で平凡な企業に変貌してしまったり、場合によっては破綻することもまた珍しくありません。このような現象はどう理解するべきなのでしょう?

企業の強さを理解するためのひとつのアプローチとして、「企業存続の必要条件」を考えてみます。「これがなければ企業は存在し得ない」という要素の中には、企業のエッセンスを理解するヒントが含まれているかもしれないからです。そして、企業の存続にどうしても必要なもの以外の要素をどんどん切り捨てていくと、最後には「売上」だけが残ると思います。企業の付加価値は利益によって顕在化しますが、売上なしには利益は生じ得ませんし、利益がなくても大きな付加価値を有する企業は少なくありません。また、企業に全くお金がなかったとしても、売上を回収することができれば企業は立派に機能し得ます。

良い売上、悪い売上
企業社会の「常識」では、事業とは収益をもたらす活動であり、売上は企業が顧客のニーズを満たすことによって生じる顧客の購買活動によるとされています。このため、事業は「短期的かつ長期的に、どのようにして収益を上げるか」「どのようにして企業の活動範囲を拡大するか」を追求する行為、…要は「どうしたら儲かるか」そして「どうしたらより儲かるか」という企業の活動であり、「儲け」をもたらす「売上」は企業が顧客のニーズを満たすことによって生まれる、と一般に解されているのではないでしょうか。しかしながら、これが「事業」の本質的な意味であるならば、なぜ、ある時まで利益や売上を順調に伸ばしている企業が突然衰退したり破綻したりするのでしょう。一般的に、売上はなにかしら企業実体(の一部)と認識されていると思いますが、実際は企業実体がもたらす結果に過ぎません。売上と企業の本質的な事業力は異なるものと考える方が自然ではないでしょうか。

「売上が伸びている会社であっても強い会社とは限らない」ことと、「売上は企業存続の必要条件である」ことが仮に事実だとすると、「売上には企業存続のエッセンスであるもの(したがって企業を強くするもの)と、そうでないものが混在している」という仮説が成り立ちます。「良い売上」と「悪い売上」といったところでしょうか。そして、いずれの売上であっても利益を生み出す可能性があるため、いわば「良い利益」と「悪い利益」が存在すると考えると、上記の現象をうまく説明できるかも知れません。

カフェと居酒屋
先日那覇新都心のカフェでお昼を食べました。このカフェは小さいながらもガーデニングが施された洋風住宅の店構えで、株式会社サザビーリーグの「Afternoon Tea」にちょっと雰囲気が似ています。僕はハーブサンドイッチ(800円)をオーダーしましたが、お店の「小洒落た」雰囲気と「きれいな」付け合せを別にすると、要はパンにレタス(に思えました)とハムが一枚ずつ挟んであるだけ。もしこのサンドイッチが国道海沿いのカフェで売られていたら、500円でも高いと思ったでしょう。…このような商売を称して、「良い雰囲気」はお店の付加価値であり、その価値が300円の差額として顕在化したと解釈されることがむしろ一般的かもしれません。実際多くの経営者は単価を上げ、原価を下げても売れるお店作りやメニューやサービスや雰囲気作りに心を割いています。しかし、顧客が雰囲気の良いお店を選択するのは、しっかりした料理が出てくると言う期待感からではないのでしょうか?この300円は本当にお店の「強さ」なのでしょうか?

別の日に、同じく新都心の居酒屋さんに行きました。居酒屋さんでは良くあることですが、お酒を進ませるためにどの料理も味付けが濃く、食べるほどにとてものどが渇きます。僕はお酒を飲まないのですが、お腹がいっぱいになるまでの一時間少々の間にウーロン茶を2杯頼むことになりました。食事代2,500円プラス飲み物代1杯250円として500円、合計3,000円の売上は沖縄の外食としてはなかなか高い客単価となります。このようなメニュー作りは単価を上げるための事業の「ノウハウ」と解釈されることが一般的だと思います。しかし、この500円の売上はこのお店の「強さ」が顕在化したものと言えるのでしょうか?

上記のようなカフェや居酒屋さんの話をすると、このようなお店のやり方は「何かがおかしい」と感じる人は少なくありませんが、企業全体の規模で考えるとなぜか意見が正反対になります。例えば上の居酒屋さんの企業全体の年間売上が、単純に単価の100,000倍だったとしましょう。原価と販管費の合計が売上高の80%だとすると、この企業は売上3億円、費用は2.4億円、経常利益6,000万円の優良企業です。この企業がお客様に食事のおいしさを純粋に楽しんでもらいたいと考え直して食事の味付けを少し薄くした場合、飲み物のオーダーが例えば半分になり、売上は2.75億円、飲料原価は低いため費用は殆ど変わらないとして2.3億円だとすると、経常利益は4,500万円となり、25%減益を見込まなければなりません。この会社が上場企業であれば、この瞬間株価が10%くらい暴落することでしょう。これほどの企業収益を「犠牲」にしてまで、食事の味付けを顧客本位に変更することができる経営者は圧倒的に少数派だと思います。しかし、このような経営は本当に企業価値を上げている、すなわち企業を本当に強くしているのでしょうか?

嘘をつくほど売上が上がる
雰囲気でカバー(ごまか)したメニュー、食材を節約し(ケチっ)た料理、進んで(無理やり)お酒を飲ませる味付け、イメージ広告の(現実離れの)きれいな写真で売るリゾート、展示即売会にお客さんを招待し(閉じ込め)て契約するセールス、お客さんのためだと説明される多様な(不要な)オプションの保険、などはサービス業に溢れています。これらは厳密な意味では企業が顧客につく嘘以外の何者でもないと思うのですが、あまりに一般的になってしまっているために、誰も嘘だと認識していませんし、嘘だと声を上げる方が変人扱いされそうです。反面、このような企業の嘘はほぼ確実に(少なくとも短期的には)企業収益を押し上げる効果があり、経営者はこれを嘘と呼ぶ代わりに「事業戦略」、「ノウハウの蓄積」、「マーケティングの効果」と表現することが一般的だと思います。

このように企業の嘘は収益をすばやく押し上げるのですが、顧客がその嘘に気がつくと元の木阿弥になってしまいます。このため、一部のサービス企業では、嘘をどれだけ本当に見せるかが「事業戦略」となっていると言っても良いくらいの状態です。この戦略が成り立つのは、少なくとも短期的に、この嘘に気がつかない、あるいは気がついても許容できる顧客が存在するためで、企業の嘘が社会の常識になっているせいもあってか、この数は決して少なくありません。また、事業における一般的な特徴と言えると思いますが、ごまかしがあるほど、違法ゾーンに近づくほど、利害の対立を利用するほど、大きな収益が生まれる傾向があると思います。このような社会と事業の構造が現実だと考える経営者が目先の利益を最優先すると、事業戦略が嘘だらけになるのはむしろ当然だと思います。

【2007.4.17 樋口耕太郎】