1月もはや終わりましたね~。

意外と雨の多い沖縄の2月。寒い毎日ですがお元気ですか?
いつも麗王にいらしていただきありがとうございます。心より感謝いたします。
今月の麗王便りをあなたにお届けいたします。

明後日は節分ですね。
節分というのは、平安時代の宮中儀式「追儺(ついな)」が始まりといわれていて、
この日は立春の前日で文字通り季節を分ける境目。
旧暦でいう大晦日なんです。それで前年の悪疫邪気払いの行事として
この「追儺」が行われていました。

では、なぜ「豆」を投げるのでしょう?
実は鬼の目「魔目」に豆を投げれば「魔滅」するからだとか。

じゃあ煎った豆でないといけないのはどうしてでしょう?
生の豆は芽が出てくるため、そこから鬼が芽を出という説や、
豆(魔目)を煎ることにより鬼を退治するという説もあるそうです。
つまり豆自体が鬼なので、外に投げ「鬼は外!」、あるいは
食べてやっつけろ!というわけですね。

そして、節分が明けると立春。旧暦の新年です。
新しい年のエネルギーは一月ではなくて、二月の節分を越えたあたりに
動き始めるのだとか。つまり、節分を越えると、今年のエネルギーが非常に
はっきりしてきますので、今年の幸せに向かう目標や新しいトライは、
この頃にまっさらな気持ちで始めてみるのもいいかもしれませんね。

さて。
この世の中には、いくら頑張ったところでどうしようもないという局面があります。
そしてそれを受け入れるしかない、でも受け入れられないというときに、
「頑張って」という言葉はほとんど意味をなさないのではないでしょうか。
そういうときはなにも言わずに、側にいて、相手の顔を見て、黙って、
相手のお話を聞く。言葉が出ないときはそっと相手の心に寄り添って笑っている。
そして、少しでも、自分のほうに相手の苦しみが伝わってきますようにと
心の中で願う。
そういう感情を仏教では悲というのだそうです。

また仏教では「愛するな」と教えます。何故なら愛というのは執着に基づいていると
考えるからです。
そのかわりに「慈悲の心を持て」というのです。
仏教の古い言葉に、「与楽抜苦」という言葉があるのですが、
これは慈と悲という二つの愛情についての形容です。
慈というのは、人々を元気づけ、希望を与える、という意味で、与楽です。
また、悲のほうは、人がいま抱えている痛みや苦しみを、少しでも軽くする、
苦しみを抜くという意味で、抜苦というそうです。
こういうふうに考えてみますと、いまの時代には、悲の愛の方が
大事なのではないかと思うことがあります。

いま、私達の世界は、テロや殺人、不況や貧困・失業問題など、なんとも言えないニュースが目白押しです。こういうときには、これをどう解決するかという政策や
マニュアルを考える前に、とりあえず、「ああ、なんということだろう!」と、
思わず知らず、大きなため息をつき、心の底からのうめき声を発する。
そういう気持ちこそ、私達がいま、一番取り戻さなければならないことであり、
それこそ悲という感情なのではないでしょうか。

また、愛情という言葉を考えてみますと、
愛はともすれば、理性に傾き、差別をしてはいけない、隣人を愛さなければいけない
といった義務感めいたものもつきまとってきます。
でも、情ととなると、もっと本能的なもので、思想や信念や教条に
命じられるのではなく、そうせずにはいられないといった思いに突き動かされるもの
です。
戦後、情というものを封建時代の遺物、歌謡曲的、演歌的なものとして
私達は長く軽んじてきました。
でも、いま、現代人の心のよりどころとして必要なものは、むしろ愛よりも
一見古めかしい情のほうではないかとも思うのです。
いま、情などという感情を主張することは、まったく時代錯誤のような印象を
与えることでしょう。でも、情という言葉は、人間の心という意味なのです。
いま、情報社会などと言われていますが、本当の情報とは、情を報ずる、
つまり人間の心と心を結ぶものをきちんと伝えあうことではないでしょうか。

戦後、私達は、過去のじめじめとした古い家族制度や因習への反発から、
渇いた個人的な人間関係や社会を目指して突き進んできました。
そして、ついには、完全に乾ききって、悲という感情、あるいは湿った愛情といった、
離れた心と心を満たす情の世界を、ほとんど存在させないような社会を
作り上げたのかもしれません。

とりあえず、私達はいま、愛と情と、慈と悲と、そういう二つのものを、
両方とも一緒に大切にしていかなければならないときにさしかかっているようです。
2018年という新しい年のエネルギーが流れ始める今、
戦後70年ほどの間に、私達が投げ捨て、そしてそれをないがしろにし、
軽視してきたものをひとつひとつ拾い集めて、あらためて見つめ直す時期に
きているのだと感じています。
そして、その中から、新しい人間の感情のあり方というものを、
再び築きあげることこそ、いま私達にとって、一番大事なことなのかもしれません。

さぁ、明日はあなたも大きな声で豆をまいて。
「鬼は~外、福は~内!」
今年の運気が流れ始める明日、厄払いはしっかりとしておきたいものです。
私も邪気を払うべく、もっと元気になるべく豆を今までより少し多めに撒き、
しっかりと数え歳プラス1個のお豆をいただくことにいたします。
そして今年の恵方の南南東に向かって、幸運をおいしく呼び込む
恵方巻き寿司をガブリ!とまるかぶりするぞ~!
あなたと私の今年一年の幸せを心から願って。

麗王でも土曜日は多彩な「無添加恵方巻」を御用意いたしております!

* もうすぐ84歳になる母が余命一か月との宣告を受けてしまい、
母の娘でいられる最後の時間を一緒に過ごすべく度々帰阪しようと思い、
11日(日)~13日(火)は勝手ながらお休みさせていただきます。

* 麗王便りのバックナンバーは弊社HPよりお読みになってください 。
http://www.trinityinc.jp/updated/?cat=104

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麗王
トリニティ株式会社
末金典子