雨や曇りも多いゴールデンウィークでしたが
それでもまとまったお休みというのはのんびりとしてうれしいものですね。
あなたはゆっくりとリフレッシュなさいましたか?
さて次の日曜日は母の日ですね。
毎年この月のお便りは母から学んだ「謝ること」「働くこと」
「出し惜しみしないこと」といったことなどを書かせていただいているのですが、
今年は「成長すること」について書こうと思うのです。
私の母は昭和9年生まれで、戦争のための疎開など激動の日本を生きてきた
世代です。大変な苦労もあったようですが、実家の洋食レストランの仕事を
切り盛りしながら家族の世話もこなして生きてきた頑張りやの女性です。
私が以前家族と一緒に大阪で暮らしている頃に、仕事や人間関係のことで悩んで
「私っていつもこんなことばかり悩んでいて一体これでも成長しているのかなぁ」
と、母に相談するとよく言われたのが、
「お母さんの若い頃は暗い時代やったよ~。
そやけどハングリーやったから仕事ができたし、なにより希望があったの。
それって闇の中にも光は必ずあるということやよ。
とにかく、やり続けること。
何もしなければ何も始まらないんやから。
それが成長するということやよ。」と。
「成長」……これは人にとって絶対のキーワードですよね。
でも、実際のところ、成長とは何なのでしょう。
何をもって、成長というのでしょうか。
成長にこだわり続けている人は、果たしてちゃんと成長しているのでしょうか。
たとえば今ここで、あなたがこの数年の間に、どう成長したか、
ちょっと思い浮かべてみてください。
中途採用の面接で、
「あなたはこれまでの仕事を通して、どんな成長を遂げましたか?」と聞かれた
25歳くらいの応募者が、ここぞとばかりに10も20も自分の成長をとうとうと語り、
止まらなくなったのだとか。私は人を心から気遣うことができるとか、
人のために汗を流すことができるとか。
面接にあたった人は、あなたそれ、ホントの成長じゃないかもと、
ノドまで出かかったのだとおっしゃっていました。
それはおそらく、人間は本当の意味で成長すると、逆にまず自分の小ささや
「しょうもなさ」がわかってしまうものだからではないでしょうか。
社会に出た時、世の中にはこんなにすごい人がいるんだとか、こんなに立派な人が
いるんだとか、むしろそういうことに気づくのが、
社会人としての成長なんじゃないかと思うのです。
従って、いっぱしのオトナになったつもりでいたけれど、そう思ったこと自体を
逆に恥ずかしいと思うのが、この年代の成長なんだと思うのです。
ダメな自分に気づく方が、ずっと大切な成長なのです。
自分を大きく見せるのじゃなく、むしろ自分を小さく見せようとする人の方が、
絶対成長しているし、今後の成長も早いはずです。
つまり人間、そんなにすごい勢いで成長したりはしないのでしょう。
だから一歩一歩、少しずつでいいのです。
自分がどう成長したかなんか、わからないくらいでいいのです。
それでもちゃんと成長はしているのだと思います。
自分は社会に出て10年もたつけれど、果たして成長しているの?と
不安に思うくらいの人がじつはちゃんと成長しているのです。
母の締めくくりの言葉はこうでした。
「自分の成長は?成長は?と、そこにばかりとらわれるよりも、
今はまだとりあえず苦しいことも辛いことも、イヤなことも、何でもやっておく。
それがすべて見えない成長になっていること、覚えていなさい。」
今もこの言葉は私の宝物です。
人生で最初に出会うお母さん。
日曜日は温かいありがとうの日をお過ごしください。
【2012.5.11 末金典子】
| 麗王だより 2012年
今年の沖縄はずっと梅雨かのようにじとじと続きですが、
あなたはお元気にしていらっしゃますか?
私はといいますと、この週末の土曜日から東京になんと25年ぶりに!!
行ってまいります。
東京に25年間も行ったことがない人なんて私くらいではないでしょうか!?
関西人ってなんかそういうところがありがちなんですが…。
身内の結婚式のついでに今の東京をいろいろ見てこようと思っておりますので
21日土曜日~23日月曜日の3日間、勝手ながら麗王はお休みさせていただきます。
結婚式といえば…ここのところの麗王は女性のお客さまの比率がかなり高く、
それも、結婚した~い!と望む独身女性がほとんど。そこでこんなお話を…
あるバツイチの男性が、二度目の結婚をなさいました。
一度目の結婚とは「180度違う生活」が始まって、女って本当はこういうもの
だったのかと驚いたそうなんです。
「どう違ったんですか?」とお聞きしましたら、ずばり「今すごく幸せ」と、
まるで女性のような表現から始まり、「人生ってこんなに楽しいものだったんだね」
っていうくらい楽しいんだよと、のろけるのです。
この時ハッと気づいたのは、男性が女性にプロポーズする時の古典的台詞の
「あなたを幸せにします」は、もともと無理があったんじゃないかということ。
なぜなら、「幸せ」のプロは、女性の方。
幸せを人生の目的にしてきたのはいつも、女性の方。
つまり、幸せになることにかけては、女性の方がはるかに達者なはずなのです。
だいたいが、「ボク、幸せになりたい」と口に出す男性は基本的にいないはずで、
大昔から「幸せ」は女性のものでした。
どこまでいっても「幸せ」は、女性達の、女性達による、女性達のためのもの
なのです。
なのに、男性が女性を「幸せにします」なんて、
ド素人の男性が「化粧で女をキレイにしてあげる」と言っているようなもの。
逆に言うと、私達女性もそういう男性達に「幸せにしてもらおう」と思うこと自体
間違っていたんじゃないでしょうか。
初心者の男性がいくら頑張って幸せを提案しても、
「そうじゃなくて、こうでしょ」と、だんだんイライラしてくるのがオチ。
男性に「幸せ」を託すなんて、もともと無謀すぎるのです。
さきほどの男性の再婚相手は、お休みのたびに「楽しいこと」を提案し、
毎週末イベントがあるような生活を提供してくれるのだとか。
日々のお食事も今までからしたら信じられないほど意味のある時間となり、
時間が会う日は平日の夜も落ち合って外食。二人でお料理を作りもする。
それに極めて軽いフットワークでアッという間に旅に出る。
それもありきたりの旅じゃなく、その独創性を人に自慢したくなるような
愉快な旅へ、たちまち出かける。そもそも旅というものは、行けば行くほど
クセになるから、旅と旅の間にすら、幸せを感じるようになったとも。
さらには、自分の趣味に夫を引き込むだけでなく、夫の趣味にも近づいてきて、
その本当の醍醐味を教えてくれるような新しい提案をしてくれる人でもあったそう
なのです。
基本的に、男性は自分の趣味から女性を引き離そうとするのですが、
彼女はお互いの趣味を上手に掛け合わせて、新しい「幸せ」をつくる方法を
知っていたのです。同じ趣味も一人でやるより、二人でやる方が何倍も
濃厚になること、二人でないと味わえない喜びにつなげることができるのを、
彼女に教わったというのです。
そこまでいくとひとつの「才能」で、「女性はみんな幸せ上手」というレベルを
超えています。ただ、その二度目の妻は、長い間恋人がおらず、基本的には
これまでずっと「一人」で幸せのテクニックを磨いてきたはずだというのです。
どうすれば幸せを感じられるのか、それをコツコツ形にしてきた女だと。
言いかえれば、もともと「男に幸せにしてもらおう」などという甘えはなく、
誰にも頼らずに、自分で自分に幸せを与えてきた人だからこそ、
人を幸せにするのも簡単だったのです。
女同士で楽しいことは、男と女で一緒にやってもちゃんと楽しい。
もっと楽しいかもしれない。やっぱり、「幸せになる方法」を真摯に追及してきた
女性の勝ちなのです。男に幸せにしてもらおうなどと思わずに。
女性からのプロポーズで有名なのは、故・夏目雅子さんのこのひと言でしょう。
「家に私みたいなのがいたら、きっと楽しいと思うんだけどな。」
もちろん誰が言うかによりますが、一般論としても、女性からのプロポーズで
いちばん成功率が高いのは、「私があなたを幸せにしてあげる」という
アプローチなのだそうです。女性から「私を養って」というスタンスに
なっちゃいけないのは当然のことですが、「幸せにしてあげる」と能動的に
女性から男性へ与える申し出こそが殺し文句になるのにはなるほど説得力が
あります。
良い例とは言えませんが、何人かの交際男性の死と関わりがあるということで、
長い長い裁判の結果、死刑判決が先日出た木嶋佳苗被告も、なぜああいう女性が
何人もの男性を手玉に取れたのか、ちょっと不思議に思っていたのですが、
その秘密はどうも得意とするアプローチにあったとか。
それが「私があなたを幸せにしてさしあげます」的なメールでの語りかけ。
言葉はとても丁寧だったといいいますから、本物の優しさに思えたのでしょうし、
「幸せの香り」がしたに違いありません。
もともと、男性は「幸せ」というものと距離感がある上に、
恋愛に対してとりわけ不器用な交際経験の少ない男性は、自分ではとうてい
幸せになれそうにないというコンプレックスがあるので、そのワナにハマって
しまうのでしょう。
いずれにしても、男性達にとって「この人と生きていきたい」という最大の動機と
なるのが、「幸せの香り」なのは確かです。「幸薄そうな印象」は、ある種の魅力
ではあっても、一方で危険な香りをもち、男性を知らず知らず遠ざけているはず。
男性達を無条件に惹きつけるのは、やはり
「そばにいるだけで幸せになれそうな引力」なのです。
今までそれに気づかずに「幸せにしてもらうこと」ばかり考え、
「幸せにしてくれないこと」に腹を立てている女性がいたら、早く気づいて
ほしいのです。「幸せ」は女性の得意技。自分が率先して幸せをつくって、
夫をその中に引き込む努力だけはしたいもの。それが長い人生を、本当の意味で
美しいものにするたったひとつのテクニックなのだから。
たとえばまず手始めに、おいしいお食事やワインを用意して、
やさしく楽しい言葉をかけ、一応のお食事を終えたあとも、だらだらとお食事を
続けてみてほしいのです。それが幸せの手続き。
幸せって、女性が待つものじゃなく、女性が自分の手で手づくりすべきもの。
しかも女性が男性を幸せにしてあげるなんて、いとも簡単なことなのだって、
きっと気づくはずなのです。
男性諸氏、そうではありませんか?
さぁ、もうすぐゴールデンウィーク。
あなたの大事なパートナーの方と、うんとお幸せにお過ごしくださいね!
【2012.4.19 末金典子】
| 麗王だより 2012年
心持ち寒さがゆるんできましたね。
お元気ですか?
明日はヴァレンタインデーですね~!
あなたはどなたとお過ごしでしょうか。
よく「運命の人」といいますよね。
私は誰にでも「運命の人」や「二枚貝の片割れのような人」はいると
思っているのですが、最初から「これが運命的な出会いなんだ!」と
感じるものではないと思っているんです。
ただの出会いやフツーの出会い方でも、努力次第で運命的な出会いになる可能性を
秘めていて、「この人とは運命的な出会いだったんだ」というのは、
後から感じるものだと思うのです。
だから、「運命の人」と出会うためには、ひとつひとつの出会いに
アンテナを張って、自分の人生にとって運命的な出会いにするための努力を
しなければならないのだと思います。
一生に出会う人の数は限られています。
ただ出会う人は5万人、そのうち名前を覚えられる人は3千人。
名前と顔を一致させられるのは300人。
友達と呼ぶことができる人は30人くらいが平均と言われています。
たまたま同じ時代に生まれ、約69億の人がいるなかで、
出会うということは、なんと奇跡的なことでしょうか。
なぜある人を好きになるのでしょう?
考えてみれば不思議なことですよね。
お互いが相手を好きになるということは、
本当になんという不思議なことでしょう。素晴らしいことでしょう。
簡単に、「出会いがない」「運命の人に出会えない」という人は、
出会うことの難しさや、尊さを噛みしめる必要があるのかもしれません。
出会いに、なまけてしまってはいけません。
ただの出会いも、関係を磨いていくことで、努力次第で、もしかしたら
運命的な出会いに変わっていくかもしれないのです。
あらためて思うのは、男と女はやはり2人一緒にいることで初めて人生が完成する
ということ。
互いにまったく違う遺伝子を持った相手を思いやり、愛することで、
自分の魂が磨かれていくのではないでしょうか。
40代になっても、50代になっても、大切なパートナーと愛情を分かちあう作業が
人生には欠かせません。むしろ、年を取れば取るほど、誰かを真剣に愛することが
大切なのだと思います。
ところで。
愛された記憶は、暖かいカシミアの毛布のようだと言われます。
今、どうしているかはぜんぜんわからないあの人だけれど、
あの時、一緒に見上げた星の美しかったこと。
互いに言葉を見つけられず俯いたままの喫茶店に流れていたあの曲。
彼が私にくれたあの言葉。彼の手のあたたかさ。
あの時、あんなに笑ったな。あの時、あんなに泣いてしまったな。
そのせつなさが、今はたまらなく大切なものに思えるのでしょう。
また、これから出会う新しい恋は、行く先に輝く虹のようだと言われます。
そして、今あなたの隣にいる人。
あなたが手で触れられる人のことを想ってください。
そういう人がいない?
それなら自分自身に触れてあげてください。
さて、これらのことはすべて「今」あなたが持っているものなのです。
過去の毛布も、未来の虹も、今触れられるものも、
「今、ここ」には、あなたのなかには、すべてがあるのです。
つまり、あなたの人生にはいつも愛があるのです。
さあ、明日はヴァレンタインデー。
どうぞあなたにとって愛いっぱいの、幸せいっぱいの日となりますように。
【2012.2.13 末金典子】
| 麗王だより 2012年